なぜ、人の好意や応援を受けとれないのか?

なぜ、人の好意や応援を受けとれないのか?

Cem BAS

©Cem BAŞ

友人からお誕生日に、プレゼントが届きました。

なんだろうと箱を開けてびっくり。

なんと高級シャンパンのドン・ペリニヨンだったのです!

私はバブルの頃に、ホテルの宴会場とバーラウンジで アルバイトをしていたので、お客さんにこのお酒をよく出していました。

けれど、自分で飲んだことは一度もありません。

いつも、いいなー、うらやましいなー

と思いながら、お客さんがドンペリを飲むのを見ていました。

空になったボトルに指を突っ込んで、 舐めてみたことはあるのですが・・・ 笑

なので、初ドンペリはとっても嬉しい誕生日プレゼントでした。

さっそく、友人に、感謝の気持ちを伝えました。

そしてその後、何気なくネットでこのドンペリのことを検索してびっくり。

なんと、私がもらった1999年のドンペリは、 価格ドットコムで17,269円だったのです!

いただきものの値段をネットで調べる私も、 かなりいやらしいですね・・・汗;

そして、値段がわかった途端に、私の中に申し訳ない気持ちが出てきました。

こんな高価なものをいただいてしまっていいのだろうか・・・と。

そんなときは、ディマティーニ・メソッド(R)の出番です! 笑

私は、さっそく下記のような質問を自分に投げかけてみました。

「友人のFさんが、私にドンペリをプレゼントしてくれたまさにその瞬間に、 Fさんに同等の価値のものをプレゼントしていたのは誰だろう?」

と・・・。

そして、この質問をしたことで、 友人が、以前にこんなことを話していたのを思い出しました。

彼は、仕事柄、クライアントからよくドンペリをもらうそうなのです。

でも、彼は、お酒を飲まない人なので、 もらったドンペリは、お酒の好きな人にプレゼントしていると言っていました。

私がプレゼントしてもらったドンペリも、 クライアントさんからプレゼントしてもらったものだったのです。

以前に、私が「ドンペリ飲んだことないので飲みたいのですよー」 と言っていたのを友人は、覚えていてくれたのです。

そして、お誕生日にサプライズで贈ってくれたのです。

つまり、友人は、自分のところに届いた豊かさを分かち合ってくれていたのです。

だから、友人から受けとっても、彼の豊かさは減ったりしない・・・。

このことがわかった瞬間、私の中の申し訳ない気持ちがなくなりました。

そして、友人の好意に感謝して、素直に受けとることができたのです。

そして、このワークをしたことで、 私の中に、”受けとることへの罪悪感” があることに気がつきました。

「人から何かをもらってしまうと、相手が損をしてしまう・・・」

私は、こんな”思い込み”を持っていたのです。

そしてその思い込みが、”受けとることへの罪悪感”をつくっていました。

そこで、私は、さらにワークを続けてみることにしました。

まず、”人から何かを与えてもらった出来事”を探しました。

そして、思いついたのは、”奥さんをお嫁にもらったこと”。

私は、彼女のご両親から、大切な一人娘をもらいました。

セラピストなんていう、よくわからない仕事をしている私のところに、 大切な娘を嫁に出すのはさぞかし心配だったでしょう。

しかも、私は、奥さんに苦労ばかりかけているし、よく泣かせています。

喧嘩すると、 「もうお前出て行け!取手(実家)に帰れ!」 なんて怒鳴り散らしたりして・・・。

ふだんは気がついていませんでしたが、 私は、奥さんの両親に対して罪悪感を持っていたのです。

大切な一人娘をいただいたのに、自分は恩に報いていないと・・・。

そこで、再びディマティーニ・メソッド(R)登場です。

私は、下記のような質問を自分に投げかけてみました。

「お父さんとお母さんから、由起子(奥さん)を受けとったその瞬間に、 お父さんとお母さんに”由起子と同等の存在”を与えていたのは誰か?」

私と奥さんが結婚式を挙げたのは、2012年の5月のこと。

場所はハワイ・マウイ島のビーチでした。

その瞬間に、誰が奥さんの両親に”一人娘と同等の存在”を与えていたかを考えてみたのです。

そして、私は、驚くべきことに気がつきました。

奥さんには、お兄さんが1人います。

彼は、マウイの結婚式に来ることができませんでした。

それはなぜか?

そのとき、彼の奥さんのお腹の中に、”双子の赤ちゃん”がいたからなのです。

まだ、安定期ではなかったので、大事をとって海外での挙式を見合わせていたのです。

つまり、奥さんの両親は、私に大切な一人娘を与えた、まさにその瞬間に、 双子の赤ちゃん(二人の孫)を授かっていたのです・・・。

このことに気がついた瞬間、涙が溢れてきました。

私たちは、人から何かを受けとったら、 相手の大切なものが減ってしまったり、 相手が損をしてしまうのではないかと信じています。

そして、受けとることを躊躇したり、罪悪感を感じたりします。

けれど、これは大きな勘違いなのです。

人から何かをもらっても、その人の大切なものが減ることはありません。

すべては、カタチが変わるだけなのです。

だから、人の好意や応援は、どんどん受けとっていいのです。

あなたが何かを受けとったとき、それを与えてくれた人も、 まったく同じぐらい受けとっているからです。

つまり、誰も損をしないし、得もしないのです。

ただ、”受けとって与えるという循環”があるだけです。

そして、この循環のことを、”分かち合い”と言います。

受けとることを躊躇したり、罪悪感を持っていたから、 ”分かち合いの循環”が止まっていただけなのです。

人の好意や応援を、感謝して素直に受けとると、 分かち合いの循環が再びはじまります。

そして、その循環の中に入ると、 素晴らしいものがどんどん流れ込んでくるようになるのです。

いつもお読みいただきありがとうございます。

飛田 貴生