弱点を武器に変えた3人の少年のストーリー リオネル・メッシ秘話

リオネル・メッシ 弱点を武器に変えた3人の少年のストーリー

 

©Alex France(CC BY-SA 3.0)

 

こんにちは、飛田貴生です。

 

今日は、ある3人の少年のお話をしたいと思います。

 

実は、この3人の話にはある共通点があります。

 

その共通点とは何か? 意識しながらお読みいただければと思います。

 

今から10年ほど前のことです。

 

アルゼンチンのロサリオという街に一人の少年が暮らしていました。

 

彼は、街のサッカークラブに所属するサッカー少年でした。

 

しかし、彼の体には重大な障害がありました。

 

成長ホルモンが正常に分泌されないせいで、13歳の彼の身長は、たった143センチしかなかったのです。

 

その少年は、2000万人に一人がかかると言われている、「成長ホルモン欠乏症」という難病でした。

 

医者からは、治療を続けなければ、彼の体は、「これからもずっと成長しない」と宣告されていました。

 

しかし、その治療には、年間1500万円以上ものお金がかかり、貧しかった彼の両親は、治療費を工面することができなかったのです・・・。

 

しかし、あるとき、彼の両親は、あることを思いつきます。

 

それは、スペインの名門サッカークラブチームである、FCバルセロナの入団テストを受けさせることでした。

 

FCバルセロナなら、彼の治療費を工面してくれると考えたのでした。

 

そして、入団テストで、彼のプレーは監督の目にとまりました。

 

監督は、瞬時に彼の才能を見抜いたのです。

 

そして、見事、FCバルセロナへの入団が決定。治療費も全額クラブが負担してくれることになったのです。

 

その後、治療の効果で143センチだった少年の身長は169センチまで伸びました。

 

そして、サッカー選手としても、メキメキと頭角を現し、17歳でプロデビューを果たすと、同年に初ゴールを決め、FCバルセロナ史上、最年少得点をマークします。

 

その後も、彼は、サッカー選手として、”急成長”していきます。

 

デビュー2年目には、FCバルセロナの最大のライバルである、レアル・マドリードとの試合でハットトリック(1試合で3得点)を達成。

 

その後の試合では、アルゼンチンのサッカーの英雄、ディエゴ・マラドーナと同じ、5人抜きからのゴールを決め、「マラドーナ2世」と呼ばれるようになります。

 

その少年の名前は、リオネル・メッシ。

 

2000万人に一人の「成長ホルモン欠乏症」だった少年は、

 

サッカー界の最高栄誉とされるバロンドール賞(ヨーロッパ年間最優秀選手賞)を、史上初めて4年連続で受賞する世界最高のサッカー選手となったのです。

 

今度は、今から30年前、南アフリカでのお話です。

 

6歳の少年が溺れて死にそうになりました。

 

かろうじて助かった彼は、この体験をきっかけに、「誰よりも、泳ぎがうまくなりたい」と強く思うようになります。

 

少年は、来る日も来る日も、プールで水泳の練習に励むようになりました。

 

そして、彼はどんどん泳ぎが上達し、水泳の選手として活躍するようになります。
彼が27歳のときのことです。

 

競泳の南アフリカ代表として、アテネ五輪に出場することが決まりました。

 

彼の名前は、レイク・ニースリング。

 

ニースリングが出場したのは、男子400メートルフリーリレーでした。

 

下馬評では、競泳の怪物、マイケル・フェルプスを擁するアメリカの圧勝と見られていました。

 

アメリカはこの種目、過去8大会中7大会で優勝していたのです。

 

しかし、レースは意外な展開を見せます。

 

南アフリカが序盤に飛び出して大きくリードを広げると、一気に後続を突き放します。

 

そして、そのままアンカーのニースリングへ。

 

後ろからは、シドニー五輪、金メダルのピーター・ファン・デン・ホーヘンバンド(オランダ)が猛追してきます。

 

しかし、ニースリングがリードしたままゴール。世界新記録の圧倒的な強さで優勝し、南アフリカに、初の男子競泳、金メダルをもたらしました。

 

そして、溺れて死にかけた少年は、怪物フェルプスに土をつけた立役者として、脚光を浴びることとなったのです。

 

最後にもう一人、ある少年のお話です。
今から40年近く前のことです。

 

ハワイのノース・ショアに、17歳のサーファーの少年が暮らしていました。

 

彼は、ハレイワ地区にあるジャングルの中にテントを張って住み、毎日サーフィンをしていました。

 

ホームレス同然の生活だったため、食事は、ジャングルに生えている野草や果物が中心。

 

知らずに食べていた野草の中に、毒性の強いストリキニーネが含まれていて、あるとき中毒症を発症してしまいます。

 

そして、3日もの間、テントの中で生死の狭間をさまよっていました。

 

しかし、偶然に通りかかった女性に助けられ、なんとか一命をとりとめます。

そして、その女性に解毒のために健康食品のお店に行くようにすすめられます。

 

少年は、そのお店の扉に、一枚のチラシが張られているのを見つけます。

 

ヨガ教室のお知らせ

 

特別ゲストスピーカー:ポール・C・ブラッグ

 

~オアフ島ノースショア サンセット・レクリエーション・ホールにて

 

 

 

「そこへ行きなさい」

 

心の中で何かがそう告げ、彼はそこへ行くことに決めます。

 

そして、93歳の賢人、ポール・C・ブラッグの話を聞き、彼の存在感とそのメッセージに強く感銘を受けます。

 

「自分も、彼と同じように、体、心、スピリットに関する宇宙法則を学びたい。

 

世界中を飛び回り、人々を助け、導く教師になりたい。」

 

そしてこの夜、ホームレスのサーファー少年は教師、ヒーラー、哲学者となることを決意したのでした。

 

その後彼は、40年以上かけて、行動心理学、量子物理学、数学、哲学、形而上学、天文学、神経学、生理学など、ありとあらゆる学問分野を一心に学びます。

 

もうこの少年が誰だれだかわかりますね。

 

少年の名前は、ジョン・ディマティーニ。

 

ストリキニーネの毒で死かけたホームレスの少年は、この体験をきっかけに、人生の使命に目覚めました。

 

そして、世界60カ国で数百万人の人生の変容に貢献する、教師、ヒーラー、哲学者となったのです。

 

いかがでしょうか。

 

この3人の少年のお話の共通点がなんなのかわかりましたか?

 

それは・・・

 

人生最悪と思える出来事が、その人の運命をつくっている

 

ということです。

 

リオネル・メッシは、成長ホルモン欠乏症だったからこそ、FCバルセロナに入団し、サッカー選手として大きく成長できました。

 

レイク・ニースリングは、溺れたからこそ、水泳を猛練習して、金メダリストになれました。

 

ジョン・ディマティーニは、毒で死にかけたからこそ、世界中で数百万人の人の癒やしに貢献するヒーラーになれたのです。

 

人生最悪の出来事には、その人がこの人生で成し遂げるすばらしいことの”種”がうまっています。

 

人生で成し遂げるすばらしいこととは、”その人が生まれてきた目的”のことです。

 

つまり、

 

人生最悪の出来事の裏には、
人生の使命(ミッション、天命、魂の目的)が隠れている

 

ということです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

飛田貴生