ディマティーニ・メソッドとの運命の出会い
目次
リウマチ、皮膚病、障害者認定、、失業、、、そして、失恋、、、
私は、20代後半に、関節リウマチと診断されました。
医者には、このまま病気が進行すれば車椅子の生活になるかもしれないと言われ、とてもショックでした。
リウマチは、全身の関節が炎症を起こす病気で、激しく痛みます。
インフルエンザにかかると全身の筋肉と関節が痛み、悪寒がしますが、リウマチはそれをさらに強烈にしたような感じで、しかもその痛みがずっと続きます。
私も痛みが激しかったので、鎮痛剤がひと時も手放せませんでした。
歯を抜いたときなどに飲むとても強い鎮痛剤を毎日3錠、一年365日飲み続けていました。
鎮痛剤なしでは、普通に生活することができなかったのです。
私はリウマチ以外にも、乾せんという皮膚病でも通院していて、強力なステロイド剤も使っていました。
本当に薬漬けの毎日でした。
何年も病院に通い続けましたが、まったく良くなりませんでした。
それどころか病気は着実に進行していました。
指の関節がどんどん変形していきました。
ペットボトルのフタが空けられなくなり、つめ切りでつめを切ることもできなくなりました。
そして、医者から障害者の認定を受けるよう勧められ、30代で肢体不自由の障害者になりました。
このときは本当にショックでした。
将来への希望が持てなくなり、自分の人生が終わってしまったように感じました。
私の中で何かがぷっつりと切れてしまったようでした。
しばらくして、7年付き合った彼女が私の元から去っていきました。
希望を失くして抜け殻のようになった私に失望したのだと思います。
このときは本当に悲しかったです。
一人ぼっちになってしまったと感じました。
自分を恥じて責め続けた先に・・・
私は元々あまり友達がいませんでした。
両親との関係も悪く、この頃はまったく連絡を取っていませんでした。
このときは、家でパソコンを使って一人で仕事をしていました。
社会とのつながりが一切なくなったように感じました。
30年も生きてきたのに、私は何一つ手にしていないと感じました。
そんな自分を恥じて責めました。
そして、自分を責め続けたあと、私の内側からふつふつと強い感情がわきあがってきました。
「このままでは終わりたくない!」
「人生を変えたい!」
「幸せになりたい!」
「成功したい!」と…。
それからというもの、私は「どうしたら幸せになれるのか?」そして「どうしたら自分の人生を変えられるのか?」その答えを探し続けました。
成功本やメンタルな本の中に幸せを探し、内面の豊かさに気付く
最初は、お金持ちになれば幸せになれると思い、ビジネス書や自己啓発書、成功本といわれるものを、とにかく読み漁りました。
しかし、学ぶうちに、お金だけでは幸せになれないということが分かりました。
それからは、『内面の豊かさ』についてや、スピリチュアルな本を読むようになりました。
そして、ある一冊の本に出会ったのです。
心もカラダもボロボロだった当時、この本を読んで、本当に救われました。
著者は外国の方だったので、詳しいことを知りたかったので、インターネットで調べると、
なんと!数か月後にその著者が来日してセミナーを開くとのことだったのです。
もちろん私は、セミナーに参加することを決め、このセミナーへの参加をキッカケに、私の人生は一気に動き出すのです。
病気が癒され、動き出した人生
セミナー中、『感じていることを正直に話す』というワークがありました。
“真実を語る”という、オープンハートになるためのワークでした。
私は、パートナーの男性に、そのときの心境や感じていること、ひっかかっていることなどを洗いざらい正直に話しました。
話すうちにたくさん涙が溢れてきました。
人前ではあまり泣いたことがありませんでした。
そして、ワークが終わったあと、私は初めて手を上げて、そのときの気持ちをシェアしました。
話し終わったあと、胸の中のモヤモヤしたものがスッとなくなって、体がとても軽くなったのを感じました。
とても不思議な感覚でした。
その後しばらくして、セミナーの中で病気に関する話題が出ました。
その中で先生は、「癒されないのは、自分を傷つけていることをやめないから」と言いました。
これを聞いて思い当たるところがあった私は、質問をしました。
「私は病院で、リウマチと皮膚病の乾せんだと言われました。
“癒されないのは、自分を傷つけていることをやめないから”というのを聞いてちょっと思い当たることがありました。
私は、完璧主義者的なところがあって、自分にとても厳しいのです。
今の話を聞いて、もしかしたら、私の病気の原因は、私自身が自分を痛めつけていることに関係があるのではないかと思いました。
アドバイスをもらえないでしょうか?」
そして先生は、次のように教えてくれました。
「病気は、思考を改めなさい、ライフスタイルを改めなさいというメッセージです。
あなたの病気を愛してください。
病気は、あなたの友達です。
あなたが思考を改めるようにライフスタイルを改めるように、病気はあなたのためにメッセージを送ってくれているんです。
それから、もしかしたら、あなたの思考の中には、何か硬いものがあって、それが病気として出てきているのかもしれませんね。
その硬いものがなくなれば、自然に病気も治るかもしれません。」
正直、そのときはいまひとつ理解できませんでした。
しかし、それがどういうことなのか、私は身をもって知ることになったのです。
セミナーの翌日、ベットの中で目覚めた私は、ある異変に気が付きました。
鎮痛剤が切れているはずなのに、痛みがないのです。
リウマチは、朝起きたときが一番痛いのです。
しかし、全く痛みがありませんでした。
信じられませんでした。
そんなはずはないと思いました。
これまで何年も鎮痛剤を飲み続けていて、痛いのが当たり前なのに、たった一晩でそれがなくなるなんてありえないと思いました。
どうせ少ししたら、また痛くなるに違いないと思いました。
しかし、1日が過ぎ、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎてもリウマチの痛みが戻ってくることはありませんでした。
そして、私は病院に行くのをやめ、7年近く飲み続けた鎮痛剤をすべてゴミ箱に捨てました。
こんな日がやってくるとは、夢にも思っていませんでした。
それからしばらくは、とても穏やかに過ごしました。
新しい彼女もでき、セミナーで知り合った人たちと友達になって、メールのやりとりをしたり、一緒に講演会やセミナーに参加するようになりました。
本当に楽しい毎日でした。
しかし…それから数か月して、なんとリウマチの痛みが復活してしまったのです。
痛みの再発と2度目の克服!そして・・・
克服したと思っていたのに、本当にショックでした。
それはちょうど、彼女とケンカをして別れてしまった頃のことでした。
しばらくして、私の元に一通のメールが届きました。
リウマチの痛みが消えたセミナーで知り合った人からでした。
それは、ある講演会のお誘いでした。
引き寄せの法則でベストセラーになった『ザ・シークレット』に登場するドクター・ジョン・F・ディマティーニが来日して講演会を開くので一緒に行かないか?というものでした。
『ザ・シークレット』は私も読んでいました。
もう一度、読み返してみると、ドクター・ディマティーニは健康に関する章に集中して登場していました。
この人の話を聞いてみたいと思いました。
そして、講演会への参加を決めました。
私は、講演会の中で、ドクター・ディマティーニに病気について質問しました。
ドクターは、次のように教えてくれました。
「病気の症状というのは、あなたのマインド(心、精神)に対しての、あなたの体からのフィードバックです。
あなたの体が、あなたのマインドに対して、どの部分をブロックしているのかを教えてくれているのです。」
そして、リウマチと皮膚病用のアファメーションを教えてくれました。
【アファメーション】
「私が何をしたとしても、何をしなかったとしても、私は愛されるに値する。
私は、他の人の期待に合わせて行動する必要はない。
私は、インスピレーションに導かれた人生を送るためにここにいる。
どんな人でも自分より優れているとか、劣っているということはない。
彼らは単に私自身を反映しているだけである。」
講演会でインスピレーションを受けた私は、ドクター・ディマティーニからもっと学びたいと思いました。
そして、1か月後に開催される4日間セミナーへ参加することにしました。
4日間セミナーの2日目が終わり、帰り支度をしていたときのことです。
一人の女性がドクター・ディマティーニに病気のことで相談しているのが目に入りました。
私もドクターに病気の相談をしたいと思いました。
そこで私は、その女性の相談が終わるのを待ち、ドクターにリウマチの痛みの再発について相談しました。
すると、なんとドクターは私に直接ディマティーニ・メソッドのセッションをしてくれたのです。
後で聞いたのですが、ドクターの個人セッションを受けるには1時間に約20万円かかるとのことでしすから、私はとても幸運でした。
セッションが終わったあと、体がすごく軽くなったのを今でもハッキリと覚えています。
以前のセミナーで体験したあの感覚とまったく同じでした。
そして次の朝、再びリウマチの痛みは消えてなくなっていたのです。
私は3日目のセミナーのために会場に行くと、すぐにドクター・ディマティーニを見つけて痛みが消えたことを報告しました。
そして、ドクターとハイタッチしました。
セミナーが始ってしばらくたったときのことです。
ドクター・ディマティーニは、ディマティーニ・メソッドを教える「ブレイクスルー・エクスペリエンス」というセミナーをぜひ日本で開きたいと言いました。
そして、そのためには、20人のファシリテーターが必要だというのです。
ドクターは、この中にそれをやりたい人はいませんか? それが自分のやることだと思う人はいませんか? と言いました。
このとき私の内側から、とても強い気持ちが湧き上がってきて涙が溢れました。
これこそが”自分のやることだ”と思いました。
ワークショップの先生とドクター・ディマティーニにしてもらったことを、私も他の誰かにできるようになりたいと強く思いました。
そして、ディマティーニ・メソッドを使えばそれができると、このとき直感的にそう思ったのです。
その数ヶ月後、日本で初めてのディマティーニ・メソッド・ファシリテーター・トレーニングが開催され、20人のファシリテーターが誕生しました。
私は、このファシリテーター中の一人となったのです。