女性性を受け入れて女神になる「ヒロインの旅」

女性性を受け入れて女神になる「ヒロインの旅」

今日は、私の個人セッションを受けに来てくれている、二ノ宮ゆりさん(仮名)のお話。

ゆりさんが、いちばん望んでいることは、

”自分を愛せるようになる”

こと。

「私は、汚くて、醜い存在だ」

「なんのために私は生まれてきたの?」

「お母さんは、なぜ私を産んだの?」

という、強い「無価値感」が、以前から彼女の中にずっとあって、

それを解消したいと思っていたそう。

そんなときに、親しい友達から、

「ディマティーニ・メソッドでお母さんとの関係を癒したら、

自分のことをすごく深く愛せるようになって、人生が大きく変わった」

という話を聞いて、私の個人セッションに来てくれたのです。

「自分を愛する」というのは、とても抽象的な概念です。

なので、私はまず、

「自分を愛するとは、あなたにとって、どういう意味ですか?」

「どうなったら、それが満たされたことになりますか?」

と聞いてみました。

すると、ゆりさんは、

「自分を愛するとは、”私には価値がある”と思えるようになることです。」

と言いました。

さらに私は、

「自分を愛せるようになって、

私には価値があると思えるようになったら、

そのとき、どうなるのでしょう?」

と聞いてみました。

すると、ゆりさんは、しばらく考えて、

「女神になります」

と言いました。

彼女は、なんか変なこと言っちゃったかなと、

少し、照れくさそうでした。

けれど、私には、

「自分を愛して、女神になる」

という言葉がすごく、しっくりきたんです。

ゆりさんにも、それが感覚的に、

しっくりくるかどうか聞いたら、彼女もはそうだと言う。

じゃあ、個人セッションでは、

「自分を愛する」ことで、
私には価値があると認め、
愛と美の女神、ヴィーナスになる」

という意図のもと、元彼や、お母さん、お父さんへの

ディマティーニ・メソッドをやりましょう、

ということになりました。

このときは、事前準備のヒアリングだったので、

それで、zoomを切りました。

ゆりさんとの話のあと、

これまでに話を伺ったクライアントさんの中にも、

「女神」というキーワードを

口にした女性が何人もいたことを思い出しました。

それで、

”女性は、みんな、「女神願望」を持っている”

のだと気づいたんです。

で、これは、「ヒーローズ・ジャーニー」(英雄の旅)

なのだと、ピンと来ました。

「ヒーローズ・ジャーニー」は、

アメリカの神話学者、ジョゼフ・キャンベルが提唱した概念。

「世界最古の英雄譚と言われるギルガメッシュの冒険から、

オデュッセウスの苦難の旅、ブッダの修行、イザナギとイザナミの物語まで、

古今東西の神話や民話に登場する、「英雄」たちの冒険を比較すると、

心を揺さぶられる物語の基本構造が見えてくるー。」

(『千の顔をもつ英雄』ジョゼフ・キャンベル著より引用)

というように、私たちの心(特に「男性の」)をつかみ、

ヒットするストーリー・物語には、”共通の法則性”(物語の展開パターン)があると、

ジョゼフ・キャンベルは言います。

映画『スター・ウォーズ』も『ハリー・ポッター』も、

漫画『ワンピース』も『キングダム』も、

アニメ『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』も、

『ソードアート・オンライン』も、すべて、「ヒーローの成長物語」。

ルークも、ハリーも、ルフィーも、信も、ベルくんも、キリトも、

設定が違うだけで、みんな同じ「ヒーローズ・ジャーニー」という、

ストーリー・パターンの主人公。

私たちは、本当は、”まったく同じ話”を、キャラと設定だけ変えて、

繰り返し、何度も見せられて、それに夢中になっている・・・。

なぜなら、私たちの(特に「男性の」)の深い部分には、

「英雄になりたい」と言う、「英雄願望」があるからなのです。

だから、みんな「ヒーローズ・ジャーニー」を強く求めてしまう。

ちなみに、最近、スマホゲームの『ドラクエ・ウォーク』

にハマっているおじさんたちも、「勇者になりたい」と思って、

ドラゴンやゴーレムと戦っている。(私もだけど 笑)

男性は、「英雄」(ヒーロー)になりたいし、

女性は、「女神」(ヒロイン)になりたい。

みんな、「英雄願望」と「女神願望」を持っているのです。

だから、クライアントのゆりさんも、

「女神」というキーワードを口にしたのです。

それで私、この手の話に詳しいうちの奥さんに、

「女性も、男性のヒーローズ・ジャーニーと同じ、パターンなの?」

と聞いてみました。

そうしたら、

「違うよ、女性は、

”ヒロインズ・ジャーニー”(ヒロインの旅)だよ!

これをヨメ!」

と、この本を、すすめられました。

で、読んでみたら、まさに、目からウロコの連続。

貪るように、一気に読みました。

ジョゼフ・キャンベルの本は、すごく読みにくくて、

全然、頭に入ってこないけれど、

モーリーン・マードックの本は、感覚的にすっと入っている。

一緒に読むと、”キャンベルの男性性”と、

”マードックの女性性”の対比がすごくわかりやすい。

『ヒロインの旅』は、ここ最近、読んだ本の中で、

間違いなくダントツにNO.1です。(私の価値観においてだけれど)

この本は、女性にぜひ読んでもらいたい。

女性・女性性についての見方がガラリと変わります。

女性という存在に対する、リスペクトを感じられるようになるし、

自分が女性であることの価値を認められるようになると思う。

特に、スピリチュアルや、自己実現、内面の癒しに興味のある女性に

激しくオススメです。

あと、この本の内容紹介に、

「心理学の研究者、現代の女性として生き方を見つめ直したい方、

神話や心理学を扱った文学や物語論に関心のある方、

小説や脚本、漫画、ゲームシナリオのなどの物語創作者にとっても、有益な1冊です。」

と書いてあるように、

女性の悩みを聞くことが多いヒーラー、セラピスト、コーチ、

カウンセラーの人や、物語を創るお仕事の人にもオススメ。

私、この本を読んですごくインスピレーションを受けたので、

今日は、自分の理解を深めるために、

”ヒロインズ・ジャーニー”(ヒロインの旅)

のプロセス(ダイジェスト版)を、私なりの解釈を加えながら、

まとめたいと思います。

「女も旅をする。自分の価値を知り、

心の傷を癒して、女らしさを享受する旅だ。」

と、モーリーン・マードックが言うように、

「ヒロインの旅」は、”自分の内側への旅”です。

「英雄の旅」が、”自分の外側の旅”であることと、

見事に対比になっています。

女性性の否定

「ヒロインの旅」は、”女らしさ”を捨てることから始まります。

幼少期・思春期に、

怒りっぽくて、いつもイライラしていて、

依存的で、否定的・悲観的で、被害者で、

不幸そうに見える母に、娘はうんざりする・・・。

「お母さんみたいになりたくない」

「お母さんみたいになったら、不幸になる」

私の個人セッションやセミナーに来るクライアントさんの中にも、

そういう思い込みを持っている女性はすごく多い。

母親という存在は、娘にとって、人生でいちばん最初に接する女性。

つまり、女性にとって、母親は、”女性性のひな形”なのです。

モーリーン・マードックも、

「人は母とのやりとりを通して感情のパターンを作る。

自分が生きていることをどう感じるか。

自分の体を愛し、自信が持てるか。

外の世界をどう捉えるか。

恐怖や罪悪感、愛をどう捉えるか。

親しみや心の温かさをどう表現し、どう受け取るか。

病気の時にどう感じるか。

食や住のマナーや好み、

スタイル、人や物との関わり方、ジェスチャーや声のトーンなど。

その人の全てに母親の痕跡が現れる。

女性は自分の性の捉え方にも重大な影響を受ける。」

と言っています。

母親は、娘にとって”女性性のひな形”なのに、第一印象は、最悪。

娘は、幼少期・思春期に、

「女性性のダークサイド」

を母親に投影して見てしまう。

そして、感情的に、”内なる女性性”(母親)を切り捨ててしまうのです。

男性性へのあこがれ

旅の第二段階でヒロインは、

「男らしくなろうとする」

か、

「男から愛されようとする」

のどちらかを選びます。

男らしくなろうとする女性は、

仕事やキャリア、お金での成功を強く求めます。

有名大学に進学し、大手一流企業に就職することを目指す人もいれば、

外資系企業やベンチャー企業でバリバリ働き出世しようとする人もいるし、

本を出版したり、ビジネスでの成功することを目指す人もいます。

「知性」と「キャリア」と「お金」は、

男性的な成功の、”三種の神器”。

だから、女性性(母親)を否定し、

男性性(父親)へのあこがれを持つヒロインは、

男性社会(父権社会)の中で、トップに上り詰めようとする。

ヒロインは、

”男性の仲間入り”をして、

「ヒーローズ・ジャーニー」

をスタートさせる。

少し、まぎらわしいけれど、これが「ヒロインズ・ジャーニー」の第二段階。

もう一方の、

男から愛されようとする女性は、

「若さ」と「美貌」と「セクシャリティ」という、

男性的な成功の、”もう一方の三種の神器”を

武器にして、男性社会を生き抜こうとします。

よく、「男性が可愛いと思う女性と、女性が可愛いと思う女性は、違う」

と言われるけれど、

愛されようとするヒロインが求めるのは、

”男性が可愛いと思う女性になる”こと。

「愛され女子になる」

というのが、このタイプのヒロインのキーワード。

なので、ここもまぎらわしいですが、

「若さ」と「美貌」と「セクシャリティ」は、

一見、女性性のように見えて、

本当は、男性性が求める、”男性社会の基準”(男性に都合のいい女性像)なのです。

ちなみに、「女から嫌われる女」は、こちらのタイプ。

男らしくなろうとする女性は、とにかく、男に媚びる女が大嫌い。

けれど、本当は、両者は、”男性性にあこがれている”という点で、本質は同じ。

コインの表と裏の関係なのです。

このように、女性性を否定したヒロインは、「父の娘」となり、

父(男性)をお手本にして、父親のようになろうとするか、

父(男性)から愛される女性を目指すことで、

男性社会での成功を目指します。(偽りのヒーローズ・ジャーニー)

ちなみに、第二段階のヒロインは、男性からの関心や評価に依存しているので、

仕事で成果を出せずに、上司(男性)から見放されたり、

彼氏や夫から、女性的な魅力を否定されると、

とても深刻なダメージを受けてしまいます。

偽りの成功

以前に、某大手一流企業に務める、知人の女性が、こんな話を教えてくれました。

その会社で働く支店長クラスの女性は、

みんな「子宮」か「乳房」のどちらかがない。

両方ない人も、何人かいると・・・。

これは、もうまったく笑えない話だけれど、

女性が「ヒーローズ・ジャーニー」でトップに上り詰めるには、

文字どおり、”女を捨てる”必要があるのです。

男性が作ったルールの中で、不利な状況で戦うのだから、それも当然。

だから、ほとんのど女性は、途中で脱落してしまう。

そして、勝ち抜いた一部の勇者(本当はヒロイン)

を羨望の眼差し見るか、強く嫉妬する。

いずれにしても、そうなれない自分に強い劣等感を感じるのです。

一方、男から愛されようとするルートで、勝ち上がるのも至難の技。

だって、世の中には、自分よりも若くて、きれいな女は、ゴロゴロいるから。

上には上がいるから、ずっと勝ち抜ける人は、ごく一部なのです。

だから、こちらのルートも、ほとんんどが脱落してしまう・・・。

そして、自分よりも若くて綺麗な女に嫉妬して、劣等感を感じるのです。

じゃあ、「ヒーローズ・ジャーニー」を勝ち抜いた一部のヒロインが

満たされて、幸せになるのかというと、実は、そうじゃない。

仕事、キャリア、お金で十分な成功を手に入れたり、

”完璧な美貌”を手に入れて、”いい条件の男”と結婚し、子供にも恵まれたけれど、

まったく満たされない、何かが違う気がするという女性は大勢いるのです。

それは、なぜかというと、自分を偽って生きているから。

一般的に「これが成功」「これが幸せ」と信じられていることのほとんどは、

”自分以外の誰かの価値観”(男性社会の価値基準)であって、

女性である私が心から求めていることではないのです。

自分の魂が求めていることをしていないのに、

深く満たされることは決してありえない。

モーリーンは、このことについて次のように言っています。

「娘(女性)は自分の生き方が父(男性)を喜ばせる生き方なのだと気づくまで、

父親(男性)に利用されていたことにも気づけない。

心の中の父(男性)は喜ぶかもしれないが、それが自分自身の喜びと一致するとは限らない。

それどころか、頑固に自分を批判し、自然な欲求や望みを完全に否定する心理が働くかもしれない。

心理学者のカール・ユングによると、女性が無意識に男性の真似をするか、

男性の面で劣等感がある限り、創造的なプロセスが実を結ばない。

男性性とは自己の目標を認識し、達成に向けて行動する能力だ。

男性性が無意識に隠れたままの時期は、意識できる目標しか目に入らない。

自分なりの視点を探す精神の働きはおろそかになる。」

つまり、男性的な成功(ヒロインにとっては、偽りの成功)を求めて、

「私以外の私」になろうとしても、自己実現は、実を結ばないし、

心と魂が、深く満たされることは決してないということ。

「ヒーローズ・ジャーニー」を生きるヒロインは、

遅かれ早かれ、そのことに気づくのです。

女神への通過儀礼

最近、テレビドラマの『凪のお暇』(なぎのおいとま)」が、

すごく話題になっていたけれど、(私も奥さんと、どハマりして見てました!)

凪ちゃんのお話は、まさに、「ヒロインの旅」。

近年稀に見る傑作ドラマなので、見ていない人は、

DVDや、Amazonプライム、Huluに入ったら、ぜひ見てください!

普通のOLとして、平穏な生活を送っていた主人公の凪ちゃんは、

ある時、人生に行き詰まり、会社を辞めて、引きこもってしまう。

そして、人生をリセットしてやり直すための「お暇」(休暇)がスタートするのです。

誰の人生にも、いつか必ず、その「お暇」がやってきます。

失恋や、離婚、病気、事故、大切な人の死などをきっかけに、

人生に行き詰まり、もうこれ以上、今のままでは一歩も前に進めないように感じる・・・。

そして、その苦しさから逃れたい一心で、

スピリチュアルや心理学、自己実現などの本やブロクを読んだりして、

自分の内面と向き合うプロセス(お暇)をスタートさせるのです。

モーリーンは、こう言っています。

「心の深層と向き合うことを、「冥界下り」「魂の闇夜」

「クジラの腹」「闇の女神との出会い」などと呼ぶ。

表面上は、うつや落ち込みに見えることもある。

人生観が覆されるほどの出来事が引き金になることが多い。

身近な人の死、娘や母、恋人や妻などの役目が終わる時。

大病や事故、自信喪失、転居、大学中退、依存症治療、失恋などもそうだ。

「冥界下り」は迷いと悲しみ、孤独と幻滅、怒りと絶望に満ちている。

身ぐるみ剥がされて放り出され、内から外へひっくりかえされたかのように感じる。

男は光へ上昇しようとするが、女は内面の底に降りて自分に立ち返ろうとする。

「土に触れて帰り道を探す」と言う表現は女の通過儀礼のプロセスに当てはまる。

女のスピリチュアルな体験は、自己の深部に入ることで起きる。

この孤独の時期に「男の世界」から抜け出すべきだと言う人は多い。」

私のクライアントの約8割は女性なので、

このメルマガ読んでくれているのも、ほとんどが女性だと思うけれど、

こうして今、この記事を読んでいるということは、

まさに、「お暇のプロセス」に入っているからなのかもしれない・・・。

そして、『凪のお暇』があれがけ話題になったのも、

世の多くのヒロインたちが、その真っ只中にいるからなのかもしれません。

モーリーンは、

「人は暗闇の中で生まれ変わる。」

と言っているけれど、これに私も激しく同意します。

私自身がそうだったし、私のクライアントさんたちも、ほとんどがそう。

凪ちゃんも、”パリピでメンヘラ製造機のゴンさん”に、

どハマりして”闇堕ち”したけれど、

いちばん底まで落ちて、そこから、生まれ変わった。

「夜明け前が一番暗い」と言われるけれど、

その、つらくて、苦しい、”絶望の底”へと落ちていくプロセスは、

”女神(ほんとうの自分)へと生まれ変わるための、通過儀礼”。

まさに、ここからが、「ヒロインの旅」の本番なのです。

母/娘の断絶を癒す

「ヒロインの旅」の最大の難関は、母との断絶を癒すこと。

ちなみに、「親との関係の癒し」は、私のいちばんの専門。

何年も、何十年も解消できなかった「親とのしんどい関係」が、

ディマティーニ・メソッドで、劇的に解消してしまったという人を、

これまでたくさん見てきました。

「親との関係を癒す」というと、

それを、”道義的・道徳的なこと”

だと、思っている人もいるかもしれない。

「親を尊び、親孝行すべし」

とか、

「産んでくれた親に感謝すべし」

といった考え方のせいで、

「親を憎んだままでいるなんて、人として間違っている。

だから、親に感謝できるようにならないといけない!」

と考える人もいるでしょう。

けれど、この本で言っている、

「母との断絶を癒す」ことの意味は、

それとはまったく違います。

「ヒロインの旅」の第一段階にも書いたけれど、

女性が、母を嫌い、否定することは、

”内なる女性性の否定”

を意味しています。

ヒロインは、幼少期・思春期に、

母に、”女性性のダークサイド”を投影します。

心理学者のカール・ユングは、

これを「内なる母」、シャドー(影)と呼びました。

母の中に見ている、「感情のコントロールができない」「いつもイライラしている」

「依存的で無力」「悲観的・否定的」「被害者意識が強い」などの特性は、

本当は、ヒロイン自身のもの。

母親に見ている特性は、”自分の愛せない部分”なのです。(鏡の法則)

けれど、そういった「女性性のダークサイド」を

自分が持っていることを認めたくないから、

母親という「鏡」に投影して、自分と母親を切り離したのです。

つまり、ヒロインが切り捨てしまったのは、

母親ではなく、”自分自身の女性性”。

だから、母親との断絶を癒すことは、

”失われた自分の内なる女性性(女らしさ)を取り戻す”

ことを意味します。

そして、それは、ヒロインが、”ほんとうの自分”へと戻っていくために、

いつか直面しなければならない、いちばんの試練なのです。

女性性を取り戻す

「旧約聖書が書かれる何世紀も前、女神は崇拝され、女性の性も尊ばれていた。

生命の仕組みが科学的に説明されていなかった時代、

女は凄いものだと感じられていただろう。

体の変化に対する畏敬の念だ。

初潮を迎えた少女の血液は神聖視された。

妊婦の身体は命を宿す器とみなされ、月経が途絶えるのは

血液を胎内に保持して子を作るためだと考えられた。

子供を産むと、月経は再開する。

閉経すると、体内に血液が溜まって叡智になると畏怖された。

この価値観を見直せば、自分のことも新たな視点で見直せる。」

この本の中で、私がいちばんインスピレーション受けた部分。

かつては、女性とは、神聖視され、リスペクトされる存在だったのです。

つまり、男性も、そして、女性自身も、

”女性性の価値”を十分に認めていた。

そんな「女神信仰」「女神崇拝」の時代があったのです。

けれど、

「神の中の女性的な側面が闇に隠されて以来、途方もない年月が経っている。

人間が神の男性的な側面を光の世界に立たせ、

女神像をことごとく破壊した時代の名残が今もある。」

というように、男性社会(父系社会)は、

女性性の力を奪い、その価値を毀損して、地に落とした。

そして、女性も、それに追従するように、

自分たちの価値を見失ってしまったのです。

自らの体や、セクシャティについて、

罪悪感や恥を感じる女性も少なくありません。

「英雄の旅は、ヒロインにも当てはまるが、失なわれた女性性の癒しが必要だ。」

とジョゼフ・キャンベルも言うように、

ヒロインには、女性性を癒し、

”女性性の価値”を取り戻すことが求められるのです。

聖なる結婚

「ヒロインの旅」の原題は、

THE HEROINE’S JOURNEY: Woman’s Quest for Wholeness

です。

副題の部分を直訳すると、「女性の全体性の探求」となります。

Wholenessは、

「欠けたもののない、分裂していない、または壊れていない完全性または全体」

という意味だから、「完全性」と訳すこともできます。

「ヒロインの課題は勝つことではない。受け入れることだ。」

と言うように、「ヒロインの旅」の最終目的地は、

自分の内側で失われてしまったパーツを取り戻して、

「全体性」へと戻ること。

ヒロインの旅は、スピリチュアルな探求なのです。

本の中では、全体性に戻ることについて、

「聖なる結婚」(ヒエロス・ガモス)という言葉が紹介されています。

「女性性」(母親)と「男性性」(父親)いう、

正反対のもの同士が統合することを、意味するギリシャ語です。

「インナー・マリッジ」(内なる結婚)と呼ぶ人もいます。

女性の中にも、男性性があるし、男性の中にも女性性がある。

ヒロインは、自分の内なる女性性と、男性性を統合したときに、

完全な存在となり、「ほんとうの自分」へと目覚めることができるということ。

ちなみに、これは、私がディマティーニ・メソッドの

個人セッションやセミナーで提供していることです。

母親へのワークで、「女性性を統合」すると、女性的な魅力が、内側から溢れ出してくるし、

父親へのワークで、「男性性の統合」すると、やはり、男性的な力強さが、内側から溢れ出てくる。

「聖なる結婚」は、”ほんとうの自分”に目覚めるための、イニシエーション。

そして、ヒロインは、全体性を取り戻した時に、

本来の姿である、「女神」へと戻るのです。

二元性を超越した存在へ

「女には世界を変える力があると私は思う。

自らの女性性と男性性を修復すれば、地球の意識もきっと変わる。

全体と癒し、バランス、共存を重んじる意識と。

自分が知ったことを息吹に乗せて世界へ返し、均衡を回復させたい。

私たちは巡礼者、皆共に旅をする。

見えるものと見えないもの、すべての命を尊び守るために学んでいる。

私たちの英雄的な力はそこにある。」

と、モーリーン・マードックは、

「ヒロインの旅」を、こう締めくくっています。

私も、女性には世界を変える力があると思う。

それは、女性にしかできないことだと思う。

「男性原理が目指すのは完璧、

女性原理が目指すのは完全だと言った人がいる。

完璧なものは完全にはなれない。

完璧でない部分を捨てれば、完全ではなくなるからだ。

逆に完全なものは完璧になれない。

完全とは善悪も正誤も、希望も絶望も全て持ち合わせていることだから。

おそらく完璧と完全の少し手前あたりでいるのがいいのだろう。

もう少し人生をあるがままに受け入れる態度が必要かもしれない。」

というように、

二元性を超越して、あるがまま(全体性・完全性)を受け入れ、

統合(人類の意識の目覚め)を促すのは、母性(女性性)の役割です。

「英雄は、古い秩序を壊して、

新しい社会を作ると、ジョゼフ・キャンベルは、言った。

だから、ヒーロー/ヒロインは、怪物を倒すのだ。

怪物とは、古い体制を保守する勢力だ。

その怪物とは、社会の価値観でもあるだろう。

政治経済、宗教や教育の場合も、強者の支配下だ。」

と言うけれど、

真のヒロインは、「怪物」(古い体制を保守する勢力)を倒さない。

女性には、怪物さえも、自分の一部として統合する力が備わっているのです。

女性は、男性のように破壊したりはしない。

全体へと統合することで、世界を塗り替えていく。

まさに、今、それをこの地上で実現する、

「ヴィーナスの誕生」を、世界は待っているのです。

今日の記事は、クライアントの二ノ宮ゆりさんと、

モーリーン・マードックの「ヒロインの旅」に

インスピレーションを受けて書きました。

とても長くなってしまいましたが、

最後までお付き合いくださってありがとうございます。

飛田貴生