なぜ親と同じことをしてしまうのか? トラウマの世代間連鎖
目次
凍りついた感情
私の、個人セッションのクライアントさんには「親から愛されなかった痛み、悲しみ」を持った人たちが、少なくありません。
ほとんどが、幼少期に体験した、親との関係のトラウマです。
[お父さんが私とお母さんを捨てて出て行った。
いつか帰ってきてくれるとずっと信じていたけど、結局、一度も私に会いに来なかった。]
[幼い頃に、お父さんが病気で亡くなった。]
[お父さんは、お兄ちゃんばかり可愛がって私には、ほとんど無関心だった。]
[お母さんが、感情のコントロールを失って泣き叫んだり、怒りを爆発させたりすることがよくあった。
それが怖くて仕方なかった。]
[幼い頃にお前が男の子だったら良かったのにとお父さんに何度も言われた。私はいらない子供なんだと思った。]
といったように。
そういう人たちには、「共通点」があります。
それは、”感情が、凍りついたように、感じられない”ことです。
[人から表情がない、何を考えているかわからないとよく言われてしまう]
[言いたいこと、本心を押し殺してしまう]
[怒りの感情を表に出さないように抑え込んで、飲み込んでしまう]
[他人が悲しんでいても、まったく共感できなくて自分を冷たい人間だと恥じる]
というように。
こうした感情が感じられない傾向のことを、「分離」(アイソレーション)といいます。
「分離」とは出来事と、感情を切り離す心の防衛機能のことです。
幼い頃に、とてもつらい体験をした人はその痛みを感じてしまったら、つらすぎて、たえられないから感情を凍りつかせて(Ice-olation)分離(Isol-ation)させるのです。
これは、「シャットダウン」や、「凍りつき反応」とも呼ばれます。
そうやって、幼い子供は、出来事と、感情を分離させることで、自分の心を守り、つらい状況(トラウマ)から生き残るのです。
自分がわからない苦しみ
そうした”トラウマ・サバイバー”の人たちは、大人になってからも感情を感じられません。
幼い頃のトラウマの影響で、”感情のスイッチがオフになったまま”になっているからです。
だから、そういう人は、「自分のことがわからない」という苦しみを持っています。
「感情」には、何が好きで、何が嫌いなのか、何をやりたくて、何をやりたくないのかを私たちに、教えるセンサーの役割があります。
だから、感情のスイッチを切ると、自分がどうしたいのかわからなくなってしまう。
あと、悲しみ、喪失感、孤独といった感情を感じなくしてしまうと、喜びや、安らぎ、楽しさといった、感情も、感じなくなります。
すると、何か、ぽっかりと、穴が空いたように、無感覚になって、人生に、充実感を、感じられなくなるんです。
なぜ思考に囚われてしまうのか?
また、「頭の中の、考え事を止められず、思考に、囚われて抜け出せない」と、口にする人も少なくありません。
幼少期に、親から愛されなかった痛みが、心の深い部分にトゲのように突き刺さっていてそれが痛くて仕方ない。
だから、無意識に、ハート(感情、感覚)とつながることを、避けてしまうのです。
そうやって頭(思考、マインド)の方に、行かざるを得なくなっているのです。
そうした人の中には、「私が愛されているということを、論理的に理解したい」「愛を、頭でわかりたい」と口にする人もいます。
「愛されている」という実感を持ちたいけれど大きなトゲがあるからハートに近づくことができない。
だから、頭で愛を理解したいと願うのでしょう。
けれど、愛は、ハートで感じるもの。
頭では、愛を、理解することは、できないのです。
「私は欠陥品」は間違い
こんな風に、感情が凍りついて何がほしいかかわからず、自分とつながることができない人は
「私は、間違っている」
「私は、他のみんなができることができない」
「私には欠陥がある」
と、恥や罪悪感を感じていることが少なくありません。
けれど、これはまったく事実ではありません。
今、あなたの目の前に、耐え難い痛みに苦しんでいる、小さな子供がいると、想像してみてください。
その子は、痛み止めの薬を飲んで、痛みから逃れようとしています。
あなたは、その子に、「痛みから逃げるな」と言うでしょう?
痛み止めを飲んで、無感覚になっているその子に、お前は間違っている、欠陥品だと言うでしょうか?
それと、まったく同じなんです。
心と体を守る「生化学システム」
「分離」は、人間に、本来、備わっている心の防衛機能です。
つらい状況から、自分の心と体を守り、生き残るための、戦略なんです。
だから、感情を感じられないからといって何か間違ったことをしているわけでも、他人よりも、劣っているわけでもありません。
アメリカの神経科学の専門家で、『ポリヴェーガル理論入門ー心身に変革をおこす「安全」と「絆」』の著者の、ステファン・W.ポージェス博士は”人間の、自律神経系は、「命の危機」を察知すると「ニューロセプション」と呼ばれる生化学的な反応を起こして神経系をシャットダウン(分離)し、自らの心と体を、防衛する”と言っています。
つまり、トラウマを経験することで起きる、感情の「分離」は、生化学的な反応であり、自分の意思でコントロールできることではない
ということ。
言い換えると、私たちの、体(自律神経系)は、危機に瀕すると、自分の意思とは、無関係に、防衛反応を起こすということなんです。
そうやって、私たちの体は、危機に瀕した時に、生き残ろうとするのです。
だから、どうかトラウマを経験して、感情を感じにくくなっている人が間違っている欠陥があると思わないでください。
トラウマと依存症の関係
また、トラウマを経験している人には、「依存症」を持っている人が少なくありません。
「トラウマ」と「依存症」の世界的な専門家でホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺)の生存者でもあるカナダのガボール・マテ医師は「依存症の背後には、必ずと言っていいほどトラウマがある。依存症は、トラウマに対処するための人間の防衛反応であって、依存症を持っている人が間違っているわけでも、悪いわけでもない。
”トラウマへの理解”をベースにした医療と、教育が必要だ。」と、映画『The Wisdom of Trauma』(トラウマの叡智)の中で語っています。
[痛みをなくしたい、見たくないから]
[現実と向き合うより、逃げしまう方が楽だから]
人は、何かに、依存することで、感覚を麻痺させて、感じないようにする。
アルコール、ギャンブル、ドラッグ、セックス恋愛、仕事、スピリチュアル、何に、依存するかは、人それぞれです。
何かに、依存することで、つらい痛みを感じないように、自分の心を守っている。
私のクライアントさんの中には仕事や、ビジネスに依存している人もいました。
仕事に没頭していたら、その、ひと時はつらい感情を感じなくてすみます。
だから、これも、上に書いた「分離」(シャットダウン)と、まったく同じなんです。
依存症は間違いや欠陥ではない
トラウマと、依存症の専門家の、ガボール・マテ医師の言うとおり、「依存症」もつらい状況から、自分の心と体を守り生き残るための戦略です。
だから、依存症を持つ人たちも、間違っていないし、何も悪くないし、欠陥があるわけでもない。
心の奥底に、大きな痛み(トラウマ)があるから、何かに、依存することで、痛みを無くそうとしているだけなんです。
私たちの社会は、”トラウマへの理解がない”ために、依存症を持つ人たちを、問題のある人、欠陥のある人と、決めつけている。
ビジネスに依存する人を、成功者と呼びドラッグに依存する人を、犯罪者と呼ぶ。
でも、トラウマと、依存症への理解があればそれが事実ではないことがわかります。
だから、もし、依存症があったとしても、自分を責める必要も、恥じる必要もないんです。
親と同じことをしてしまう私
そしてもう一つ、幼少期に大きなトラウマを体験している人は、[自分の子供を愛せない]という、苦しみを持っていることがあります。
その人本人も、幼い頃に親から愛されなかった痛みを持っていて、親への強い怒りや、憎しみを持っている。
けれど、大人になって、子供を持ち、あるとき、ふと自分が親と同じことをしていることに気づくのです。
[自分の子供に、関心を持てない]
[子供を無意識に避けてしまう]
[子供に、愛情を感じない]
というように。
そして、そういう人は、子供を愛せない自分に、強い恥と、罪悪感を感じています。
なぜ子供を愛せないのか?
私は、そうした悩みを持つ、クライアントさんたちと関わってきて、「自分の子供を愛せない理由」には、2つあることに気づきました。
一つ目の理由は、幼少期の大きなトラウマの影響で、感情の「分離」が起きていて、子供への愛情を感じにくくなっていること。
つまり、子供を愛していない、大切に思っていないのではなく、子供を愛おしい、大切だと感じる、感情が「分離」によって、麻痺しているのです。
自分が何がほしいのか、何が好きなのかわからないのと同じように、子供への愛情を感じられないのです。
もう一つの理由は、自分自身が幼い頃に、親から愛されなかった大きな痛みを持っているから、自分の子供に、昔の自分を投影してしまうというもの。
つまり、子供を見ると、自分の幼い頃の、親との関係のつらい体験がフラッシュバック(追体験)してしまうのです。
子供に、幼い頃の自分を投影して見ているということです。
自分の子供に関心がないのではなく、幼い頃に感じた、耐え難い痛みを
思い出してしまうから、子供を直視することができないのです。
だから、無意識に、子供を避けようとする。
そうやって、過去のつらいトラウマを思い出さないように自分を守っているのです。
だから、子供を愛せない、子供に関心が持てないことで恥や罪悪感を感じている人は、どうか、もう、自分を悪い人間だと思わないでください。
子供を愛していないのではなく、感情が凍りついたように、感じられないから子供への、愛情がわからないだけなんです。
子供に関心がないのではなく、幼い頃のつらい自分を思い出してしまうから、子供を直視できないだけなんです。
世代間連鎖
そして、今のあなたと同じ、痛みを、あなたの親も持っていたことを、知っていますか?
今のあなたと、同じように、子供を愛せない罪悪感を、強く感じていたことを知っていますか?
あなたの親も、幼い頃に、親から愛されなかったという痛み、悲しみを持っていました。
あなたを愛していないのではなく感情が、凍りついたように、感じられないから、あなたへの、愛情がわからなかったんです。
あなたに関心がないのではなく、幼い頃の、つらい自分を思い出してしまうからあなたを直視できなかったんです。
世代を超えて、そういう古いパターンが、ずっと、繰り返されてきただけなんです。
”親から愛せれていないというトラウマ”が親から子へ、子から孫へと、代々、受け継がれてきた。
そして、今、あなたが現役の世代としてそのトラウマを、持っている。
トラウマへの理解が必要
これは、「エピデミック」(特定の疾病の、大規模な蔓延)だったんです。
だから、もし、他人の悲しみに、共感できなくても何かの、依存症があったとしても自分の子供を愛せなかったとしてもどうか、もう、自分を悪い人間だと思わないでください。
もちろん、あなたの親や、祖父母が悪いわけでもありません。
この”因縁”を持っているのは、あなただけではありません。
無意識にずっと隠されていたこの古いパターンの存在に気付き、親から愛されなかったと感じたトラウマを癒せば、この古い因縁を私たちの世代で終わりにすることができます。
そのために、今、自分が持っているトラウマを理解することが大切なのです。
飛田 貴生
参考文献:
『身体が「ノー」と言うとき: 抑圧された感情の代価』
(ガボール・マテ著)
ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」
(ステファン・W・ポージェス著)